くさたみの愚考


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【6/30】徹底討論!民族派団体論客VS幸福実現党党首 中止のお知らせ

 「徹底討論!民族派団体論客VS幸福実現党党首」なる討論会の中止が決まつた。

中止の理由は幸福実現党が夏の選挙最中といふ事も考へられるが、本来このやうな討論会はなかなか見られるものではない。最前線で論戦を張るつもりで準備してゐたであらう河原、木川両兄は不本意極りない事は簡単に想像できる。

また愚生はこの討論会を勝手に 尊王家VS尊仏家 と位置付けてとても楽しみにしてゐた一人である。

いづれにせよ、今回は残念であるが、今後かういふ討論会が多くなることを希ひ、一人でも多くの人が日本の基を知る機会が得られればと思ふ。


 このたび大東亜青年塾の主催で、『【6/30】徹底討論!民族派団体論客VS幸福実現党党首』を企画いたしました。ところが、幸福実現党との間で相互に連絡の不備があったため、幸福実現党からの申し入れで、6月30日討論会につきましては、いったん白紙とすることになりました。7月の参院選終了後、再度検討し、ご連絡申し上げます。ご期待いただきました皆様や、登壇予定でありました同血社河原博史会長、大行社木川智青年隊長、他の出演者の皆様にも、お詫び申し上げます。ご理解のほど、よろしくお願いします。

大東亜青年塾 森川俊秀
幸福実現党 幹事長 江夏正敏

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# by sinkougeirai | 2013-04-13 07:56

内敵は真の日本人になり得るのか?

来る六月三十日に「徹底討論!民族派団体論客VS幸福実現党党首」が行はれると言ふことは、過日のブログで告知したが、そもそも幸福実現党を「保守系の政党」と勘違ひしてゐる仁が多いやうに思ふ。
何故なら「保守同士」の対談に「VS」と言ふ言葉は成立するのか?と言ふ問ひがあつたからだ。

政治や宗教に興味あるものは、幸福実現党が大川隆法率ゐる仏教を軸とした「幸福の科学」が母体であることは既に存じてゐると思ふが、そもそも「幸福の科学」は保守や否やと言ふ問ひには、今は保守ではない、と言へよう。
彼らは「仏法真理を学べ」と言うてゐる点では反共である事に間違ひはないだらうが、反共であるならば創価学会も我らと同じ「保守同士」となつてしまふ。さうすれば「真の保守」はどちらだ?と言ふ論が跋扈し、やがて敵となり争ひが起るだらう。

それは国民の安寧をひたすらに祈る スメラミコトの御心に反する事にもなり得る。日本ではそれを神代より大罪といふ。真の保守を自認するのであれば常に スメラミコトの御心に沿ふやうに生きる努力をせねばならない。それを皇道と言ふ。

悠久の日本の歴史から鑑みれば、どちらが「真の保守」かなどは些細な拘りに過ぎず、幸福の科学も創価学会も共産党も反日家も好き嫌ひ関はらず スメラミコトの大御心からすれば「赤子」であるのだ。彼らはそこに気付いてゐない不幸な仁であるだけだ。

そこで今回の討論会では、尊王心に篤い河原博史・時対協議長代行と木川智・時対協副議長が幸福実現党党首・矢内筆勝などと討論するのは彼らの心の底に眠つてゐる尊王心を覚醒させる良い機会であらうと確信する。

彼らを敵視するのは簡単である。しかし正しき道に教化する事こそ、勤王運動に繋がると信ずるものである。
それが生のあるうちに実現せぬとも、正しき道は必ず後を継ぐ者が出現するのは歴史が証明してゐる。

今回の討論会をそんな目で見てみたいと思ふ。

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演題「徹底討論! 皇室と政界再編について」

民族派団体側
河原博史(同血社会長)、木川智(大行社本部青年隊長)

幸福実現党側
矢内筆勝(幸福実現党党首)、及川幸久(党外務局長)

他出演者
早見慶子・源光士郎・黒岩安紀子

日にち:平成二十五年六月三十日(日曜日)
時 間:十一時三十分より
場 所:東郷神社境内「水交会館」
参加費:三千五百円(含む資料代・弁当代・お茶代)
主 催:大東亜青年塾

※お申し込み先

石川県金沢市金石北3-12-4
電話 076(268)5529
FAX 076(268)5229
mamorukai@nsknet.or.jp
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# by sinkougeirai | 2013-03-26 11:53

【6/30】徹底討論!民族派団体論客VS幸福実現党党首のお知らせ

【6/30】徹底討論!民族派団体論客VS幸福実現党党首

演題「徹底討論! 皇室と政界再編について」

民族派団体側
河原博史(同血社会長)、木川智(大行社本部青年隊長)

幸福実現党側
矢内筆勝(幸福実現党党首)、及川幸久(党外務局長)

他出演者
早見慶子・源光士郎・黒岩安紀子

日にち:平成二十五年六月三十日(日曜日)
時 間:十一時三十分より
場 所:東郷神社境内「水交会館」
参加費:三千五百円(含む資料代・弁当代・お茶代)
主 催:大東亜青年塾


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# by sinkougeirai | 2013-03-10 22:44 | お知らせ

二二六事件を再考す

今日は二二六事件より七十七年の歳月が経つた。

陸軍の青年将校たちが、憂国の情熱にかられ「蹶起趣意書」を以て所謂クーデターを起こした事は、いまさら説明を要しないところだ。

同情的な側面から見て、当時の世情や軍の上層部の腐敗がそうさせたにせよ、理性的な側面から見れば、本当に「大義」はあつたのかを考へてみたい。


阿南惟幾陸軍大将は所謂二二六事件を「帝都不祥事件」とし、当時陸軍幼年学校で生徒に対して訓話を残してゐる。

要約すると、

其蹶起の主旨は現下の政治並社会状態を改善して皇国の真姿発揚に邁進せんとせしものにして憂国の熱意は諒とすべきも其取れる手段は全然皇軍の本義に反し忠良なる臣民としての道を誤れり。

として将校の心情に一定の理解をしめすものの

忠臣大楠公の尊氏上洛に処する対策用いられず之を湊川に邀撃せんとするや当事に於ける国家の安危は到底昭和の今日の比に非ざりしも正成は尚御裁断に服従し参議藤原清忠を斬るが如き無謀は勿論之を誹謗だにせず一子正行に桜井駅遺訓す。

と楠正成公の忠君とは全く違ふものと断罪し

事件最後の時機に於て遂に 勅命下るに至る。誠に恐懼に堪へざる所なり。如何なる理由あらんも一度 勅命を拝せんか皇国の臣民たらんものは啻に不動の姿勢を取り自己を殺して 宸襟を悩まし奉りし罪を謝し奉るべきなり。

と賊軍となつたからには自ら死を以て、大御心を悩また罪を償はなければならないとした。

如何なる忠君愛国の赤誠も其手段と方法とを誤らば 大御心に反し遂に大義名分に戻り 勅諭信義の条下に懇々訓諭し給える汚命を受くるに至る諸子は此際深く自ら戒め鬱勃たる憂国の情あらば之を駆って先ず自己の本分に邁進すべし。

と忠君愛国の赤誠も憂国の情も、方法と手段を誤れば不忠なると戒めた。

決起した青年将校の中で、詔を大奉して己の大罪を認め、即時自決をしたのは野中四郎大尉のみであつた。

因みに阿南惟幾陸軍大将は陸相として終戦の詔書に同意し、徹底抗戦派を諌めて

一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル 昭和二十年八月十四日夜 陸軍大臣 阿南惟幾 神州不滅ヲ確信シツツ

と書き残し自決してゐる。阿南惟幾陸軍大将のいふ大罪とは色々と説はあるが、御一新より創設された名誉と伝統に輝いた皇軍が滅びゆく責任は、我にありといふ意味が一番近いと思はれる。

上に記したやうに現時に於いても、正しく「尊王」を叫ぶものは、その一に「賊」になることを恐れねばならない。
また己を「○士」と自認するものは、尊王の大義を追及し、政治に深い関心を持つてはならぬと言ふ事であらう。
※○に入れる文字は、武でも志でも兵でも良し

けふ詠みし歌

討奸を 叫びて起ちし 将校の きのどくあれど 大義見まがふ

追加の歌
尊王と 露をあやして 決起せり その赤誠を いつか知らさむ
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# by sinkougeirai | 2013-02-26 08:39

紀伊半島周遊

伊勢神宮御遷宮の年を迎へ三日間の紀伊周遊の旅に出た。

伊勢神宮は今の地に鎮座するまで、紀伊半島の様々な場所に候補地があつた。
第十代 崇神天皇の御世に皇女の豊鍬入姫命に命じて大和(奈良県)の笠縫邑(桜井市)
に御動座され、その後第十一代 垂仁天皇の御世には皇女の倭姫命に、更に丁寧に
天照大御神を御祭りする最適な地をお調べするやう命じたのである。

笠縫邑から現在の伊勢に辿り着くまで、約六十年掛かつたと言はれてゐる。
その候補地は、奈良県宇陀市(阿紀神社)⇒宇陀市(篠畑神社)⇒三重県上野市(神戸神社)
⇒三重県伊賀市(都見恵神社)⇒滋賀県米原市(坂田神明宮)⇒滋賀県瑞穂市(天神神社)
⇒三重県桑名市(野志里神社)⇒三重県亀山市(忍山神社)⇒三重県津市(加良比乃神社)
⇒三重県松坂市(神山神社)⇒三重県多気郡(竹佐々夫江神社)⇒三重県伊勢市(磯神社)
⇒三重県伊勢市(神宮神田)⇒三重県伊勢市(現時の内宮)

紀伊半島を周遊することは畏れ多くも 天照大御神の威光にふれるに似たりであり、まことに感慨深い。

伊勢のみち 車窓(まど)から見ゆる 山あひに 雲湧き立ちて 神を見えまく

名も知らぬ 山にのぼりし 聞こゆるは 風のおとなひ 友垣の声

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まづは神事
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「新橋」建設
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まるで工兵部隊
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「新橋」完成
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完成に御満悦
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除草作業
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自身ではかなりの高さまで登つたつもりである。
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林道散策
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周辺は吊り橋だらけ
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一枚岩
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吊り橋マニアには涎もん
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山崩れがありこれ以上進めない
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棟梁は一目瞭然
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# by sinkougeirai | 2013-02-21 09:24

紀元節を迎へ

先月、大東会館に赴き歌道講座を拝聴し和歌の重要性を知つた。
そののち、河原尊兄より「現代語から古語を引く辞典」を頂戴した。辞書をまくれば古語(やまとことば)の美しさに目を奪はれた。
その美しい古語を自在に使へるやうになるには、ともかく時間が掛かるのだらうが、辞書を引き引き脂汗をかきながら美しい和歌を詠んでみたいといふ願望が湧き出てくる。

そこで紀元節の佳き日に初披露となる和歌を一首

見上げれば 雲ひとつなき 青空は あまの御業か 国の肇まり

面白くもない愚生のブログの読者諸兄、どうか遠慮のない添削をお願ひ致します。

また明治22年のけふ、大日本帝国憲法が発布された。
以下が発布を祝ふ歌である。

大日本帝国憲法発布

作詞:旗野士良 作曲:ヨーゼフ・ハイドン

1.
月日の影かも隅なく照るは
恵の露かも漏さずおくは
さしても譬へんものなき 御代ぞ
今日より布きます此大憲法(みのり)
今日より布きます此大憲法
2.
ますます栄えん 我が日の本の
御稜威や世界に輝く始め
やがても光の功績ぞ匂ふ
尊き憲法や畏き憲法
尊き憲法や畏き憲法
3.
いよいよ繁らん青人草の
花咲く時こそ これより来たれ
やがても其の実の結ぶは著るし
楽しき憲法や嬉しき憲法
楽しき憲法や嬉しき憲法
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# by sinkougeirai | 2013-02-11 12:46

第八十四回歌道講座参加

昨日、大東会館に於いて行われた歌道講座に初参加した。

愚生は参加といふより見学であつたが、参加者は己の歌を披露し、講師である福永眞由美先生がそれぞれの歌を添削し、最後は参加者全員無記名で秀歌を三首選び、天 地 人を決める、といふ流れである。

以下は入選した同憂同志の二首

国難にわれなに為さむ胸に問ひこころしづかにみことのり拝す 河原博史

歌を詠む初の気持ちに身を縮め恥づかしかれど己はげます 近藤勝博


和歌は古来より伝統に則り創造してきたといふ。また大和心を養ふに最も適してゐるともいふ。

また福永先生は歌を詠む際は
一、素直さで歌をつくる
一、相手に伝はるやう
一、稚心を去(甘えない)
事が重要であると仰つた。

愚生も和歌を学び、まことの日本人を目指したいと思ふ。
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# by sinkougeirai | 2013-01-27 19:27

会沢正志斎先生著「新論」

前にも記した自他共に認める珍本マニアの河原大兄よりみたび送られてきたのは、会沢正志斎先生著「新論」の版本二冊(全二巻)!

会沢正志斎先生は藤田東湖先生と同じく後期水戸学を発展(完成?)させた逸材の人物。
同じく河原大兄から頂いた「水戸学入門」(西村文規著 昭和11年発行)は前期水戸学から後期水戸学までを書かれてゐるが、愚生が思ふに、後期水戸学の特徴はなんと言つても「敬神尊王・尊王攘夷」にあると思ふ。
時は外夷が日本の開国を迫る緊迫した時代であるが故に、夷狄から日本を守るにはその根本を敬神尊王にあると説く。
また水戸学は元来倒幕思想ではないのだが、結果的に倒幕に導いたところも面白い。

大兄は愚生の浅学を叱咤するために貴重な版本を手放したに違ひないが、藤田東湖先生の「弘道館記述義」同様「新論」は漢文で書かれてをり、版本をそのまま読み解く事は現時の愚生では不可能に近い。大兄のアドバイス通り訳本と同時に読み進めて行こうと思ふ。

また「新論」は過激な内容なため、公刊は許されず志士の間で写筆され秘かに出回り、幕末の志士の思ひが込められたと言ふ事を含めて、大変に貴重な版本である。
この版本が一体何人の尊王の志士達の手に渡り、新たな時代をつくるのに役に立つたかと想像するだけで歴史の重みを感じる次第である。

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# by sinkougeirai | 2013-01-21 08:02

神光迎来

おけましておめでたうございます

今年も宜敷く相願ひ申上げ奉り候

※ブログサボり気味ですが、今年は更新多く出来るやうに努力致します・・・
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# by sinkougeirai | 2013-01-01 12:35

ふたたび頂きました!(珍書)

前回、河原大兄より平田篤胤先生の古道大意(上下巻)の古書を頂いた事を記したが、愚生のブログを読んで気を良くされたのか、ふたたび平田篤胤先生の古書を送つて頂いた!

今回は「医宗仲景考」といふ板本。
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これは医学の哲学書である。珍書と言ふ点では、古道大意より希少かも知れぬ・・・
「希少なもの」とは幾らお金を積んでも手に入らぬものである。例へは悪いが、時代は違へど敬虔なクリスチャンが聖書の初版を手に入れたら、大いに狂喜乱舞するだらう。それを愚生などに・・・m(__)m

なぜ国学者の篤胤先生が医学哲学を講説されたか調べてみると、文化四年(西暦一八○七年)江戸で医業を開き、名を玄瑞と改めたさうだ。
ちなみに本居宣長先生の嫡子である春庭に入門を願ひ出たのが文化二年であるから、その二年後といふ訳だ。
師である宣長先生が医師であつたことが、さうさせたのかは不明であるが兎に角篤胤先生は医師でもあつたのだ。
篤胤先生の医学哲学には、医宗仲景考の前に志都能石屋(医道大意)と言ふ著書も出してゐるが、内容は重複してゐる箇所はないといふ。

愚生はもちろん医師でもなく、医学についても豆知識も有してゐないが、医宗仲景考には支那の漢時代の医学者「張機字仲景」が編纂した医学書を基に論じてゐて、志都能石屋には神医道の淵源が論へられてゐるらしい。
また西洋医学についても否定することなく、世の為人の為に大いに期待を寄せてゐたといふ。しかしそれに伴ひ、神の医道の淵源を忘れてゐる事は大いに批判されてゐるらしい。
また臨床実験にも多く参加し「志を定めるとは、病の根拠を探り出すことだ」と言ひ、古学と照らし合はせた結果、病因は邪神邪霊達のケガレたも奥底に憑依したらしい。(らしい、と繰り返すのは、明治聖徳記念学会紀要〔復刊第45 号〕から引用して、自身では読んでゐないから)
よつて、ケガレをもつた憑依霊がつかぬやう、日々の生活を正せ、と言ふことだらうか?


国学者の篤胤先生は後世に解説書が多く出回り、憂国の志の「バイブル」としてその名を馳せてゐるが、医師としての篤胤先生の解説書が皆無?なのは、現代の医学会が如何に西洋一辺倒であるかが伺へる。
もし医宗仲景考の解説書などがあれば、ぜひ入手したいものだ。

読者諸氏の中でこの解説書を見つけたら是非ご一報下さい!

医学にはとんと縁の無い愚生であるが、篤胤先生の板本といふだけでときめいてしまふのは、ただのヲタクなのか?
篤胤先生の板本は、その内容に価値がある事は頭で理解しても、所有してゐるだけで大いに満足してしまふのは、まだまだ浅学非才な証拠だ。反省せねば・・・

さう言へば河原大兄の御宅に訪問した際、古書が所狭しとならんでゐた。しかも本居宣長先生の部、平田篤胤先生の部、水戸学の部などなど、綺麗に整頓されてゐた。
しかも画像の古書はほんの一部だといふ・・・(しかも本居宣長先生の古事記伝の板本発見!!
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千が一、いや万が一にも河原大兄が愚生にみたび古書を送る気になる時が来るかも知れぬので、ここはキツチリとゴマスリを欠かさぬやうにしなければ・・・

うつし世の定めにより、愚生もいつか幽世に行くが、その時はこれらの希少稀なる本を後世に残すのか、棺に入れて貰ふのか、それが問題だ。
個人的には後者の方が希望であるが・・・
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# by sinkougeirai | 2012-12-02 08:48

頂きました!(古道大意)

自他共に認める古書マニアの河原大兄より、なんと平田篤胤先生の古道大意(上下巻)の古書を頂きました!
平田篤胤先生関係の書籍などは戦前多く出版されてゐるが、これは氣吹廼舍より刊行された板本。つまり「本物」。

愚生も機関紙で「古道大意」を現代訳にして連載してゐるが、殆どは後世に出版された「平田篤胤全集」などから引用してゐるので、大変貴重な資料を入手したわけだ。
頂いた板本は「変体仮名」などが入り、容易に読めるものではないが、価値としては最高の部類に入るだらう。(金額的価値もさうだが、内容的価値も勿論のこと・・・)

古書マニアの河原大兄もきつと大切にされてゐたに違ひあるまいに・・・m(__)m

内容は一言で書けるものではないが、古事記の「神代」を中心に講説されてゐて、日本の「古」をとくと説いてゐる。また、支那の故事や儒教、仏教などを引用して、如何に日本が優れてゐるかを解り易く?講説されてゐる。

本居宣長先生や平田篤胤先生を研究追及してゐる仁は、神主や国文学者など現代にも多数?ゐるだらうが、自称「愛国者」や「尊皇」を声高々に叫ぶものに、その基である国学を研究追及する仁は一体どれほど居ようか?
勿論、愚生も薄つぺらなメッキ程度の知識しか有してゐないが、齢五十にして追及しやうとする意志だけはある。(人の三倍、いや十倍の時間は掛からうが・・・)
何故ならば、真の日本人に成るには「国学」が必要不可欠だと、遅まきながら気が付いたからだ。
但し国学を理解追及するのは容易ではないことも気が付いてしまつた・・・そして今までの己の主張は明治以降の西洋近代的「国家(政府)主義」であつた事も気付いてしまつた・・・
要するに国家主義者としての反共、反政府、近代国家観としての領土の観念、機関説的な 天皇の御存在などを主義主張として唱へてゐたのだ。

尊皇心や敬神の念とは心の内なる問題であり、 スメラミコトの龍顔を拝し自然と涙が溢れたり、神社に詣でれば自然と心安らかになるのだから、理屈は要らぬと言ふ論も否定するわけではないが、尊皇や敬神を声高々に叫ぶのであれば、その心の内を言葉にまたは文章に明徴する事が求められてゐる時代なのかも知れない。
よつて愚生も本来なら寝る暇も惜しんで、国学や神道の理解追及をしなければならないのだが、なかなかさう上手く行かないのが現実でもある。


さて、愚生の稚論はこれ位にして、この本に包まれているセロファンを剥がすべきか剥がさずべきか、それが問題だ。

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# by sinkougeirai | 2012-11-27 09:07

日本海即席しるこ

「これはおもしろいよ」と御土産に頂いた即席しるこ。
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当時、日露戦争を記念して販売された物の復刻版だ。

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まづは「上」と書いてある方を上に向けてお椀に入れる。

お湯を注ぐと乾燥しるこが溶けて中に入つてゐる日の丸とロシアの旗が浮かぶ。
しばらくするとロシアの旗だけが沈む、といふのだが、一向に沈まない・・・
仕方がないので、箸でお椀の中をかき回す。
それでも沈まない・・・
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最後の手段で、ロシアの旗だけを食べて日の丸を残しなんとか勝利する。
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しかし汚い手段を使ひ勝利した事を後悔し、次の戦では正々堂々と戦ふべくネットで調べると、今販売されてゐる復刻版は両方沈まない「平和版」のやうだ。
何をやつても沈まない筈だ・・・
汚い手段使つてでも勝利を欲する日本人らしからぬ自身の性格を垣間見て、少し憂鬱になつたのは言ふまでもない。


http://www.furyudo.jp/index.html
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# by sinkougeirai | 2012-11-22 20:25

氏神

愚生の氏神は、多摩川に沿つてある「亀甲山古墳(西暦六~七世紀)」内にある浅間神社。俗に言ふ「浅間様」である。

御祭神は 木花咲耶姫命。

小高い境内に入ると天気の良い日は浅間様に所縁の深い富士山が鮮やかに眺める事が出来る。
月に一度の参拝は欠かさないやうにしてゐるが、たまに失礼してしまふ事もある。
もちろん毎年初詣もここである。子供2人のお宮参りもここである。(愚生のお宮参りはもちろん記憶にないが、今度母親にでも聞いてみるか・・・)

歴史は古く、約八百年前に北条政子が、夫の源頼朝の出陣の後を追ひ、この地に辿り着いた時にわらじの傷が痛み、多摩川湖畔で治療したさうです。
北条政子は富士吉田の浅間神社が自身の守り神であつた事から、この地で鮮やかな富士山を眺めて故郷に心をはせ、浅間神社を建立したといふことです。

地元には、赤城神社、熊野神社もあつたさうだが、明治時代の「一村一神社」の令により、地元の人と話あつた結果、浅間神社を残し地元の「鎮守の神様」にしたやうです。

東京の端にあり商店街もなく地味で小さな町ではあるが、調べれば以外にも「歴史」がある処でもある。

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※勝海舟直筆の「食行身禄(じきぎようみろく)」の碑
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天気が良ければここから富士山が鮮やかに見える。掛かる橋は東急東横線。
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# by sinkougeirai | 2012-11-07 22:55

乱筆乱文

愚生は自他共に認める「筆不精」である。もちろん威張れる事ではないのだが・・・
その原因は乱筆乱文にある。幾ら丁寧に書いたつもりでも、仕上がつた自分の字を見ると
ため息が長く出る位下手である。その上、己の心を反映してか文章も曲がりくねつてゐる。
つまり乱筆だ。
また言語が貧困(ボキャ貧)な故に上手い言葉がなかなか浮かばない。
つまり乱文だ。

そこで手紙や葉書を書く時は、辞書やネットで出来るだけ適切な言葉を調べてから、鉛筆で薄く線を引き、文章がなるべく真つ直ぐになるやうに
する。その次に線に沿つて鉛筆で薄く下書きをする。その次に万年筆などで下書きをなぞつて書く。
インクが乾いた頃に、鉛筆で引いた線や文字を消しゴムで消す。以上で完成!

所用時間は早くて葉書で三十分以上、手紙など数枚に及ぶものは一時間を優に上回る。

話は逸れるが、尊兄から頂いた古書などを読んでゐると良い文言が多数ある。貴重な古書であるのでその文言に赤鉛筆で線を引く訳にもいかず、頁に付箋を付ける事にしてゐる。
吉田松陰先生は「本に書いてある大事な個所は必ず抜き書きせよ」と門下生に教へたとか、、、筆無精な性分なのでそれはなかなか実践出来ない。
そんな体たらくだから一向に乱筆乱文筆無精が直らないのか?と自問自答するこの頃である。

※絵葉書の場合
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※鉛筆で薄く線を引く
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※線に沿つて下書きをする
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※その上からペンを入れて、インクが乾いたら下書きを鉛筆で消し完成
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# by sinkougeirai | 2012-10-30 07:58

下戸【再掲載】

※使ひ慣れないスマホでイヂツテゐたら、間違へて記事を消してしまいました。ここに再掲載致しますが、コメントを入れて下さつた方、洵に申し訳ありませんでした。

愚生は下戸である。要するに酒が飲めない。
ある大先輩に「おまえは酒も飲めないつまらない野郎だ。」または「おまえは酒を飲めない事により可哀想な人生を送つてゐる」
と何十年に渡つて言はれた続けた事であらうか・・・

下戸を知つてゐる旧知の御仁は愚生に酒を勧める事はないが、仕事などでの打ち上げで、初対面の御仁からは「ささ、まづ一献!」と瓶ビールを傾けてくる。
その度に「私は酒を飲まないのです」と言はねばならない。それで終はれば良いのだが、「どこか具合が悪いのですか?医者に止められて
ゐるのですか?」と質問攻めに遭ふ。
「いや、元々下戸なんです」と答へると、ある大先輩のやうに「可哀想な奴だ」と言はんばかりの目付きをされる。

ただ、様々の会などで酒を酌み交はし、陽気に振る舞つてゐる姿を見ると、愚生も酒が呑めたらな・・・と思ふ事しばしば。

しかしよく考へると、愚生の周りには結構な数の下戸がゐる。

そこでネツトで調べてみると、なんと日本人の四十四%が酒が弱いといふ結果が出てゐるではないか!
しかも世界一位!

嗚呼、これでもう下戸である事に後ろめたさを感じたり、責められる理由はなくなつたのである!
http://www.kirin.co.jp/csr/arp/fundamental/japanese.html
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# by sinkougeirai | 2012-10-25 16:47

正統仮名遣ひ

前回レトルトカレーの商品説明に正字正統仮名遣ひが使はれてゐた事を書いたが、奇しくも翌日「國語の正統を守る民族派有志の會」の懇談会があり、出席した。

今まで三回行はれたが、民族派有志と言つても参加者は神主、議員、教師、政党、元官僚、学生、大和撫子など多岐に渡る。

GHQの国語改革による現代仮名遣ひ(表音記)は、日本人の築きあげた文化を破壊する占領政策であり、参加者からは現代仮名遣ひを「占領仮名遣ひ」と呼んでゐた。

確かに「占領憲法改正」や「占領された領土を奪還せよ」と声高々に叫び続けてきた訳だが、「占領された国語を奪還せよ」と声を上げた記憶はない。

冷静に考へれば戦後体制打倒を叫び、憲法や領土は駄目だが国語は良し、なる言ひは矛盾してゐる。

愚生も数年前から送り仮名だけは正当表記(何度も言ふが間違ひだらけ)を使つてゐるが、受けた教育は勿論現代仮名遣ひであつた。

ネツトで調べた所、当時の日本の新聞でもGHQに迎合し、国語の破壊を推奨する社説が多かつたやうだ。
以下例
※昭和二十年十一月十二日の読売新聞は、社説で「漢字廃止論」を書いてゐる。レーニンを引用し、「トルコの父」ケマル・パシャの例を挙げて、漢字廃止は民主主義運動の一翼だと主張してゐる。
※昭和二十一年四月十六日の毎日新聞は、「国語の改革」といふ社説で、伝統に執着してゐては文化国家の進歩も向上もないとして、ローマ字化への道を唱へている。
※昭和二十一年四月九日の日経は、社説「教育使節団の報告を見る」で、漢字学習の負担軽減とローマ字化は別問題、と戒めた。
なほ有名作家の志賀直哉は雑誌・改造に「国語問題」を発表し、その中で「日本語を廃止して、世界中で一番美しい言語であるフランス語を採用せよ」と提案した。

以上ネツトから引用

敗戦と同時に手のひらを返したのは、朝日新聞だけではないやうだ。また国民に先駆けて正しい国語を使はなければならぬ作家の「フランス語を国語にせよ」の言ひは驚愕であつた。
それに比べれば「現代仮名遣ひ」はまだまし、と言ふ御仁もあらうが、戦後体制打倒を叫ぶものはそれに甘んじてはならぬと思うた。

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結論:偉さうな事を書いたが、愚生まだまだ勉強が足りない・・・上記で間違ひあらば是非御指摘下さい。
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# by sinkougeirai | 2012-10-21 15:35

カリー

過日、還暦を祝ふ会に出席した際、酔ひの回つたとある先輩から「貴様のブログは最近真面目ぶつてゐる」と苦言を呈された。

そこで今回は軽い話題。
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画像はそこらのスーパーで売つてゐる何の変哲もないレトルトのカレー。

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しかし裏側をみると正仮名、正漢字(振り仮名も正統)で商品を宣伝してゐるではないか!
恥づかしながら、間違ひだらけの正仮名を臆面もなく使つてゐる愚生としては、味本位より興味本位で買つてみた。

以下原文
御常聯(ごじやうれん)さんにこそ、昨日(きのふ)より今日(けふ)、今日(けふ)より明日(あした)の美味(びみ)を。斯(か)う考(かんが)へて初心(しよしん)に返(かへ)り、終(つひ)に極(きは)めたブイヨンは二段仕込(だんじこみ)み。此(こ)れでカリーを作(つく)りました。上得意(じやうとくい)の佐々木(ささき)さん、「亭主(ていしゆ)、今日(けふ)また何時(いつ)もより後味(ああぢ)がすつきり美味(びみ)だ。何(なに)か變(か)へたか?」と、流石(さすが)の御感想(ごかんさう)。司厨士(コツク)冥利(みやうり)に盡(つ)きるとは此(こ)の事(こと)です。

近年、懐古主義が流行つてゐるのか「三丁目夕日」が大入りだつたり、東京駅は復元されたり、旧い車や昭和風の店を街でよく見掛けるやうになつた。
愚生の正仮名(間違ひだらけだが)は「戦後体制打倒」と言ひながら、占領軍の日本文化破壊である「国語改革」の現代仮名を使ふのは可笑しい、と言ふ同志の尤もたる意見に同意し使ひ始めた。決して懐古主義で使つてゐる訳ではない。
購入したカレーも、懐古主義の流行に乗つて書かれたのではないか、と推察するが、流行は直に廃るものだ。正しい文化が復活するのであれば流行で終はつてほしくない。

正仮名・正漢字に興味ある仁は、その若き第一人者である一艸獨語主人のブログを訪ねてみると本格的な正仮名・正漢字を見る事が出来る。是非一度来訪してみる価値あり。


結論:カリーの味は普通であつた。
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# by sinkougeirai | 2012-10-17 20:22

弘道館記述義の精神と釈義 その二

前回少し真面目なブログを書いてみたが、今回も調子に乗つて真面目なブログを・・・

前回は尊兄から頂いた「弘道館記述義」の尊皇精神を幾例か挙げて愚考を呈してみたが、今回はその敬神精神に少し触れてみたい。

記述義を記した藤田東湖先生はその上巻で仏教についてかう述べてゐる。

「愚冥の民は、信じて之を奉じ、智巧の士は、利してこれを使ひ、純明剛毅の人はにくんで之を排し、姦詐狡猾の賊はとりて之を用ふ。・・・嗚呼天下の広き、愚冥の民は十に七、八居り智巧の士はまたその一、二居れば、すなわちその仏を奉ずる者滔々として日にまし、純明剛毅の人に至りては、十、一を千、百に存するのみ」

と仏教を奉ずる者の多さに嘆いてゐる。

また、水戸藩内には、神道を低い位置付けする神仏習合が多くある実態に厳しい批判をしてゐる。
その下巻にかう述べてゐる。

「神を敬ひ祭りを重んじるは、斯道は最も大いなるものなるに、浮屠(僧侶)本地垂迹の説を設け、天下の神祗をあげてこれを胡鬼の末流に隷し、所在の神宮に伽藍(寺)を創立し、神仏並べ祀り、祠官と僧徒とのきをならべ雑処す、はなはだしくは即ち、陽には神、陰には仏、ただ僧のみこれを司る。すなはち朝廷の典礼に到りても、往々にして浮屠の法を用ひ、遂に喪祭の大事をあげて、一切これを坊主にゆだね、これ「浮屠これを奪ふ」なり。

と痛烈に神仏習合の邪を説いてゐる。

その後、藩は神仏習合を改めるべく神宮、神社から僧を追いだし仏教色を徹底的に排除するなど、政策を実行に移した。幕府直轄の寛永寺や増上寺などからの強い抵抗もあつたやうだが、例外を認めないのは流石 敬神尊皇の雄藩である。

しかし水戸藩は儒教を重んじてゐるではないか、との意見もあろうが記述義の第十四段「神州之道」第十八段「敬神崇儒」では、

「飽くまで惟神の道を服膺し、敬神は惟神道の主要項である。敬神の忽にしてならぬは論ずる迄もない。儒教は道を培養するもので(中略)儒に片寄り儒に黨(理非を論ぜず組みすること)する事があつてはならぬ。」

と、儒教はあくまでも「参考書」程度であると説く。


総じると弘道館記述義では、神国に於いて仏を敬うなぞ不敬も甚だしく、また敬神と尊皇は同一でなければならず、どちらか一方を重んづるは邪であると言ひ切る。
前回、水戸学は義公(光圀公)より起り、その目的は皇道を闡明するにあり、烈公(斉昭公)までの間、脈々と受け継がれた事は記したが、思へば、大政奉還を二条城にて宣言した徳川慶喜は、紛れもなく烈公の七男であり、水戸(学)が徳川の世を終はらせ中興せしめたのだと、愚生は考へるのであつた。
(維新の功罪についての論は多々あるだらうが、あくまでも愚生の勝手論である・・・)

因みに同じ水戸藩の会沢安(正志斎)先生の仏教批判は、東湖先生より激烈であつたらしい。その事は機会あらば改めて調べてみたい。


結論:脳ミソのシワを一本増やすのは結構難儀な事である。

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# by sinkougeirai | 2012-10-13 17:16

弘道館記述義の精神と釈義

数少ない読者から「最近のブログは自虐的だ」といふ苦言を呈され、今回は少し真面目なブログを書いてみたい。

過日、某尊兄と水戸藩の敬神尊皇の精神を話をしてゐたところ、早速
「弘道館記述義の精神と釈義」(旺文社・岡村利平著 昭和十八年発行)
を送つて頂いた。

弘道館記述義は天保十二年(西暦一八四一年)、斉昭公が開設した藩校である弘道館開校の趣意を藤田東湖先生が著したものだ。「明治維新は水戸学なければ起つてゐない」とは誰でも知るところだが、愚生は水戸学を豆知識程度しか有してをらず、熟読した訳ではないが、本書を通じて水戸藩の激烈なる敬神尊皇精神を知るところとなつた。

ちなみに弘道館記述義の原文は漢文で書かれてをり、愚生の様な凡人には難解極りない。よつて通釈なければ一行たりとも理解出来ぬであらう。

記述された天保の時代と言へば、一揆が全国に及んだ「天保騒動」や「大塩平八郎の乱」価値のない貨幣「天保通宝発行」アメリカの商船を砲撃した「モリソン号事件」幕府の財政再興を目指した「天保の改革」など波乱多き時代であつた。

話はそれたが、本書は上巻第一段「弘道者何」から始まる。
通釈は、道とは人があつて始めて弘まり、道が単独で人の間に弘まるのではない。道とは皇祖以来一貫した常経であつて、人が寸時も離脱することの出来ないものである、と説く。
上巻第十四段の「皇化陵夷」では、中世以降になると、異端邪説の民を欺き世を惑はす者が跋扈し、俗儒曲学輩は我を捨てて一切に彼に従ふというやうになつた。その結果、 天皇の徳化は衰退したのである。
その諸原因を探求し、之を救ふの途は古道の振起にある、と説く。
下巻二段の「尊王攘夷」では、尊王とは 皇室を尊ぶ。王の字は王侯の王ではなく、元来王の字は、造字の法からして、天に二日なく地に二王なしの王であるから、 天皇を申すに少しも差し支へはない、と説き、
攘夷とは、四海親善を旨とするも、まづ日本の進展を妨げる外国があるならば、断乎として撃払うべし、と説く。

この数例を見ても弘道館記述義の尊皇精神は他藩を圧倒してゐる。他藩にも学問所は存在したが、幕府の御用学の朱子学を教へて官吏を育成する事に終始した。それ故に幕府の儒官から「水戸は天朝びいき」と批評された。

水戸学は義公(光圀公)より起り、その目的は皇道を闡明するにあつた。それは烈公(斉昭公)までの間、脈々と受け継がれた。
記述義が書かれて二十七年後には明治の御世となる。愚生は本書を通じて水戸学が興れば幕府が衰退すると解釈した。現代に於いて、かうした学が興れば政府が衰退するのだ、とも・・・

冒頭に述べた「明治維新は水戸学なければ起つてゐない」の意味を愚生は少しは理解した。

水戸藩の「敬神の精神」は次回にでも書いてみたい。

かうした同志の心のこもつた贈り物により、小生の脳ミソにシワが一本増えた気がする。有難し。
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# by sinkougeirai | 2012-10-08 21:57

老いる

愚生、眼鏡といふものに今まで縁がなかつた。

しかし齢五十を直前にして、とうとう老眼鏡を掛けねば字が見えなくなつた。

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少し前までは新聞など読む時に目から距離を離せば読めたのだが、
今や腕を最大限に伸ばしても読めなくなつた。

といふことで老眼鏡購入と相成つたのだ。

今や老眼鏡も百円均一店で買へるとあつて、色々なデザインを五本(計525円)買つてみた。

掛けてみればもう目を細める事もなく腕を伸ばす事もなく、若返つた気分でもある。

しかし冷静に考へると、愚生の意思に反して髪の毛は毎日毎日脱走を繰り返し、
残つた優秀な髪の毛も白く変化してゐる。ましてや老眼鏡の登場である。
また近年、駅では階段を登りきつた所でひどく呼吸が乱れる。体力も確実に落ちてゐる。

「気は若い」と自分に言ひ聞かせても確実に老いてゐるのだ。

少々自虐的なブログになつたが、そろそろ気も身体も「老い」を認めざるを得ない年齢なのか?
しかし愚生より十も二十も歳をめされてゐるのに気も体力も旺盛な御仁は幾らでもゐる。
といふことは愚生の老いが人より速いのか?これも神意と諦めるのか?

老眼鏡一つで、考へれば考へる程「憂鬱」になるこの頃である。
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# by sinkougeirai | 2012-10-03 08:16