くさたみの愚考


by sinkougeirai

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弘道館記述義の精神と釈義

数少ない読者から「最近のブログは自虐的だ」といふ苦言を呈され、今回は少し真面目なブログを書いてみたい。

過日、某尊兄と水戸藩の敬神尊皇の精神を話をしてゐたところ、早速
「弘道館記述義の精神と釈義」(旺文社・岡村利平著 昭和十八年発行)
を送つて頂いた。

弘道館記述義は天保十二年(西暦一八四一年)、斉昭公が開設した藩校である弘道館開校の趣意を藤田東湖先生が著したものだ。「明治維新は水戸学なければ起つてゐない」とは誰でも知るところだが、愚生は水戸学を豆知識程度しか有してをらず、熟読した訳ではないが、本書を通じて水戸藩の激烈なる敬神尊皇精神を知るところとなつた。

ちなみに弘道館記述義の原文は漢文で書かれてをり、愚生の様な凡人には難解極りない。よつて通釈なければ一行たりとも理解出来ぬであらう。

記述された天保の時代と言へば、一揆が全国に及んだ「天保騒動」や「大塩平八郎の乱」価値のない貨幣「天保通宝発行」アメリカの商船を砲撃した「モリソン号事件」幕府の財政再興を目指した「天保の改革」など波乱多き時代であつた。

話はそれたが、本書は上巻第一段「弘道者何」から始まる。
通釈は、道とは人があつて始めて弘まり、道が単独で人の間に弘まるのではない。道とは皇祖以来一貫した常経であつて、人が寸時も離脱することの出来ないものである、と説く。
上巻第十四段の「皇化陵夷」では、中世以降になると、異端邪説の民を欺き世を惑はす者が跋扈し、俗儒曲学輩は我を捨てて一切に彼に従ふというやうになつた。その結果、 天皇の徳化は衰退したのである。
その諸原因を探求し、之を救ふの途は古道の振起にある、と説く。
下巻二段の「尊王攘夷」では、尊王とは 皇室を尊ぶ。王の字は王侯の王ではなく、元来王の字は、造字の法からして、天に二日なく地に二王なしの王であるから、 天皇を申すに少しも差し支へはない、と説き、
攘夷とは、四海親善を旨とするも、まづ日本の進展を妨げる外国があるならば、断乎として撃払うべし、と説く。

この数例を見ても弘道館記述義の尊皇精神は他藩を圧倒してゐる。他藩にも学問所は存在したが、幕府の御用学の朱子学を教へて官吏を育成する事に終始した。それ故に幕府の儒官から「水戸は天朝びいき」と批評された。

水戸学は義公(光圀公)より起り、その目的は皇道を闡明するにあつた。それは烈公(斉昭公)までの間、脈々と受け継がれた。
記述義が書かれて二十七年後には明治の御世となる。愚生は本書を通じて水戸学が興れば幕府が衰退すると解釈した。現代に於いて、かうした学が興れば政府が衰退するのだ、とも・・・

冒頭に述べた「明治維新は水戸学なければ起つてゐない」の意味を愚生は少しは理解した。

水戸藩の「敬神の精神」は次回にでも書いてみたい。

かうした同志の心のこもつた贈り物により、小生の脳ミソにシワが一本増えた気がする。有難し。
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by sinkougeirai | 2012-10-08 21:57