くさたみの愚考


by sinkougeirai

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弘道館記述義の精神と釈義 その二

前回少し真面目なブログを書いてみたが、今回も調子に乗つて真面目なブログを・・・

前回は尊兄から頂いた「弘道館記述義」の尊皇精神を幾例か挙げて愚考を呈してみたが、今回はその敬神精神に少し触れてみたい。

記述義を記した藤田東湖先生はその上巻で仏教についてかう述べてゐる。

「愚冥の民は、信じて之を奉じ、智巧の士は、利してこれを使ひ、純明剛毅の人はにくんで之を排し、姦詐狡猾の賊はとりて之を用ふ。・・・嗚呼天下の広き、愚冥の民は十に七、八居り智巧の士はまたその一、二居れば、すなわちその仏を奉ずる者滔々として日にまし、純明剛毅の人に至りては、十、一を千、百に存するのみ」

と仏教を奉ずる者の多さに嘆いてゐる。

また、水戸藩内には、神道を低い位置付けする神仏習合が多くある実態に厳しい批判をしてゐる。
その下巻にかう述べてゐる。

「神を敬ひ祭りを重んじるは、斯道は最も大いなるものなるに、浮屠(僧侶)本地垂迹の説を設け、天下の神祗をあげてこれを胡鬼の末流に隷し、所在の神宮に伽藍(寺)を創立し、神仏並べ祀り、祠官と僧徒とのきをならべ雑処す、はなはだしくは即ち、陽には神、陰には仏、ただ僧のみこれを司る。すなはち朝廷の典礼に到りても、往々にして浮屠の法を用ひ、遂に喪祭の大事をあげて、一切これを坊主にゆだね、これ「浮屠これを奪ふ」なり。

と痛烈に神仏習合の邪を説いてゐる。

その後、藩は神仏習合を改めるべく神宮、神社から僧を追いだし仏教色を徹底的に排除するなど、政策を実行に移した。幕府直轄の寛永寺や増上寺などからの強い抵抗もあつたやうだが、例外を認めないのは流石 敬神尊皇の雄藩である。

しかし水戸藩は儒教を重んじてゐるではないか、との意見もあろうが記述義の第十四段「神州之道」第十八段「敬神崇儒」では、

「飽くまで惟神の道を服膺し、敬神は惟神道の主要項である。敬神の忽にしてならぬは論ずる迄もない。儒教は道を培養するもので(中略)儒に片寄り儒に黨(理非を論ぜず組みすること)する事があつてはならぬ。」

と、儒教はあくまでも「参考書」程度であると説く。


総じると弘道館記述義では、神国に於いて仏を敬うなぞ不敬も甚だしく、また敬神と尊皇は同一でなければならず、どちらか一方を重んづるは邪であると言ひ切る。
前回、水戸学は義公(光圀公)より起り、その目的は皇道を闡明するにあり、烈公(斉昭公)までの間、脈々と受け継がれた事は記したが、思へば、大政奉還を二条城にて宣言した徳川慶喜は、紛れもなく烈公の七男であり、水戸(学)が徳川の世を終はらせ中興せしめたのだと、愚生は考へるのであつた。
(維新の功罪についての論は多々あるだらうが、あくまでも愚生の勝手論である・・・)

因みに同じ水戸藩の会沢安(正志斎)先生の仏教批判は、東湖先生より激烈であつたらしい。その事は機会あらば改めて調べてみたい。


結論:脳ミソのシワを一本増やすのは結構難儀な事である。

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by sinkougeirai | 2012-10-13 17:16