くさたみの愚考


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頂きました!(古道大意)

自他共に認める古書マニアの河原大兄より、なんと平田篤胤先生の古道大意(上下巻)の古書を頂きました!
平田篤胤先生関係の書籍などは戦前多く出版されてゐるが、これは氣吹廼舍より刊行された板本。つまり「本物」。

愚生も機関紙で「古道大意」を現代訳にして連載してゐるが、殆どは後世に出版された「平田篤胤全集」などから引用してゐるので、大変貴重な資料を入手したわけだ。
頂いた板本は「変体仮名」などが入り、容易に読めるものではないが、価値としては最高の部類に入るだらう。(金額的価値もさうだが、内容的価値も勿論のこと・・・)

古書マニアの河原大兄もきつと大切にされてゐたに違ひあるまいに・・・m(__)m

内容は一言で書けるものではないが、古事記の「神代」を中心に講説されてゐて、日本の「古」をとくと説いてゐる。また、支那の故事や儒教、仏教などを引用して、如何に日本が優れてゐるかを解り易く?講説されてゐる。

本居宣長先生や平田篤胤先生を研究追及してゐる仁は、神主や国文学者など現代にも多数?ゐるだらうが、自称「愛国者」や「尊皇」を声高々に叫ぶものに、その基である国学を研究追及する仁は一体どれほど居ようか?
勿論、愚生も薄つぺらなメッキ程度の知識しか有してゐないが、齢五十にして追及しやうとする意志だけはある。(人の三倍、いや十倍の時間は掛からうが・・・)
何故ならば、真の日本人に成るには「国学」が必要不可欠だと、遅まきながら気が付いたからだ。
但し国学を理解追及するのは容易ではないことも気が付いてしまつた・・・そして今までの己の主張は明治以降の西洋近代的「国家(政府)主義」であつた事も気付いてしまつた・・・
要するに国家主義者としての反共、反政府、近代国家観としての領土の観念、機関説的な 天皇の御存在などを主義主張として唱へてゐたのだ。

尊皇心や敬神の念とは心の内なる問題であり、 スメラミコトの龍顔を拝し自然と涙が溢れたり、神社に詣でれば自然と心安らかになるのだから、理屈は要らぬと言ふ論も否定するわけではないが、尊皇や敬神を声高々に叫ぶのであれば、その心の内を言葉にまたは文章に明徴する事が求められてゐる時代なのかも知れない。
よつて愚生も本来なら寝る暇も惜しんで、国学や神道の理解追及をしなければならないのだが、なかなかさう上手く行かないのが現実でもある。


さて、愚生の稚論はこれ位にして、この本に包まれているセロファンを剥がすべきか剥がさずべきか、それが問題だ。

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by sinkougeirai | 2012-11-27 09:07

日本海即席しるこ

「これはおもしろいよ」と御土産に頂いた即席しるこ。
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当時、日露戦争を記念して販売された物の復刻版だ。

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まづは「上」と書いてある方を上に向けてお椀に入れる。

お湯を注ぐと乾燥しるこが溶けて中に入つてゐる日の丸とロシアの旗が浮かぶ。
しばらくするとロシアの旗だけが沈む、といふのだが、一向に沈まない・・・
仕方がないので、箸でお椀の中をかき回す。
それでも沈まない・・・
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最後の手段で、ロシアの旗だけを食べて日の丸を残しなんとか勝利する。
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しかし汚い手段を使ひ勝利した事を後悔し、次の戦では正々堂々と戦ふべくネットで調べると、今販売されてゐる復刻版は両方沈まない「平和版」のやうだ。
何をやつても沈まない筈だ・・・
汚い手段使つてでも勝利を欲する日本人らしからぬ自身の性格を垣間見て、少し憂鬱になつたのは言ふまでもない。


http://www.furyudo.jp/index.html
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by sinkougeirai | 2012-11-22 20:25

氏神

愚生の氏神は、多摩川に沿つてある「亀甲山古墳(西暦六~七世紀)」内にある浅間神社。俗に言ふ「浅間様」である。

御祭神は 木花咲耶姫命。

小高い境内に入ると天気の良い日は浅間様に所縁の深い富士山が鮮やかに眺める事が出来る。
月に一度の参拝は欠かさないやうにしてゐるが、たまに失礼してしまふ事もある。
もちろん毎年初詣もここである。子供2人のお宮参りもここである。(愚生のお宮参りはもちろん記憶にないが、今度母親にでも聞いてみるか・・・)

歴史は古く、約八百年前に北条政子が、夫の源頼朝の出陣の後を追ひ、この地に辿り着いた時にわらじの傷が痛み、多摩川湖畔で治療したさうです。
北条政子は富士吉田の浅間神社が自身の守り神であつた事から、この地で鮮やかな富士山を眺めて故郷に心をはせ、浅間神社を建立したといふことです。

地元には、赤城神社、熊野神社もあつたさうだが、明治時代の「一村一神社」の令により、地元の人と話あつた結果、浅間神社を残し地元の「鎮守の神様」にしたやうです。

東京の端にあり商店街もなく地味で小さな町ではあるが、調べれば以外にも「歴史」がある処でもある。

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※勝海舟直筆の「食行身禄(じきぎようみろく)」の碑
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天気が良ければここから富士山が鮮やかに見える。掛かる橋は東急東横線。
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by sinkougeirai | 2012-11-07 22:55